縁側

自然との対話・人との対話を促し、それぞれを結びつける媒介

結界のタイプ

コミュニケーションを生む結界

両端の世界と、結界を形作る行為

自然

開放する

話す・挨拶する

くつろぐ

靴を脱ぐ

一段上がる

亭主

自然との対話・人との対話を促し、それぞれを結びつける媒介

日本家屋の特徴ともいえる縁側。映像作品などでおばあちゃんの家の縁側で風鈴の音と扇風機を背景にスイカを食べている夏の典型的なシーンは1度は見たことあるのではないだろうか。

その誕生は建物の床が板で造られるようになってから。しかも土地に余裕がなければ設けられないものであるから、縁側が一般庶民に馴染みの深い存在になったのは、実はそう古い時代のことではない。ただ貴族や武家、裕福な商家などは早くから取り入れており、現存する最古の縁側は、奈良時代に建立された法隆寺東院の伝法堂とされる。

当時の仏堂は入母屋造か寄棟造が一般的で、木の床がなかったため、切妻造りで床のある伝法堂は、住居として作られたものを改造したと考えられる。外壁の周囲には、床より一段低い板敷の縁側が取り囲んでおり、落ち着いた雰囲気の建物だ。平安時代になると、貴族の住居は板敷の床が一般的になり、母屋の周囲に「ひさしの間」が作られるようになったのが、縁側の起源とされる。京都にある桂離宮や二条城にもひさしの間が存在する。

縁側には、建物の外周に造られた「濡れ縁」や、書院造りで濡れ縁と座敷の間に設けられた「入側縁」など、いくつかの分類がある。また床板の貼り方によっても呼び名が変わり、敷居と並行に貼ったものを「榑縁(くれえん)」、直角に貼ったものを「木口縁」、「切り目縁」という。濡れ縁は屋根がなく、その名の通り風雨にさらされるため、腐食や風化に強い素材を選ぶのが必須である。入側縁には畳を敷いた「縁座敷」もある。

縁側には夏の暑さと冬の寒さを和らげる機能がある。室内に造られた縁側なら、戸外と縁側の間に一つ、縁側と室内の間に一つ、戸や壁があり、縁側部分に空気の層ができる。これにより夏は太陽の熱を和らげ、反対に冬は断熱材となって外界の寒さを遮断してくれるそうだ。

また、夏の夜には縁側で涼しい夜風にあたるなど、外界の空気を取り入れる場所としても利用できる。秋の夜長は縁側で月見をしたり庭の虫の声を鑑賞したり、春は庭木に咲いた花を家の中から眺めたりするなど、縁側は、季節の情緒を感じるのに最適な場所にもなる。

縁側は社交の場でもあった。『枕草子』第八段には、中宮定子が出産の里帰りで平生昌の家に泊まったとき、女房達がひさしの間で寝ていたら、主人の平生昌が忍んでやってきたと書かれている。

江戸時代の長屋に縁側はなかったが、「縁台」と呼ばれる木製の長椅子を玄関に出し、夕涼みや休憩の場としていた。俳句で「縁台」は夏の季語とされており、浮世絵などにも多く描かれている。

大正時代に入ると、庶民の家でも庭に面した部屋に縁側が造られるようになり、縁側に座ってお茶を飲みながら雑談をするシーンがよく見られた。また、秋になれば干し柿をつるしたり、干し芋をかけたりし、近所の子どもたちが集まってそれらを食べたりした。庭から出入りできる縁側は、気軽に集まれる場でもあったのだ。

玄関の項目でも同様のことを述べたが、縁側もまたコミュニケーションのプラットフォームとして機能した。対人だけではなく、自然との対話を促し、環境と住人を結びつける媒介として存在したのである。またハレの場合や公式の客には、昔は玄関からではなく座敷前の縁側がその出入り口に当てられた。自然と人、客人と亭主、さまざまな2つの世界を結んできたのが縁側なのだ。

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