ゴミネット

捨てる場所の象徴として機能する

結界のタイプ

見立てることで発生する結界

両端の世界と、結界を形作る行為

道路

張る

見立てる

同じ場所に捨てる

ゴミ捨て場

捨てる場所の象徴として機能する

毎朝自転車に乗って最寄り駅までいく私にとって、少し億劫なのがゴミ出しである。特に燃えるゴミの日のゴミ出しはかなり嫌だなと思う(無論ちゃんともっていくのだが)。なぜかというと、ネットの下にしっかりとゴミを入れ込まなければいけないからである。徒歩であればそこまで大変ではないのだが、自転車となると話が変わってくる。自転車から降りて、止めて、ネットを上げて、とひと手間増えるのだ。

そんな私情はここまでとして、このネット、街を歩くと度々見かける。意識をするとかなりの量が道に存在していることがわかるだろう。しかもこのネットの特殊なところは、多くの場合、ネットの近くにその用途が明示されていないことである。しかしこの近くに住む私を含めた住人は、それでもこのネットがどのような意味を持つのかを理解しているのだ。

改めて紹介すると、これはゴミ、特に燃えるゴミに被せるネットである。一般的な市町村であれば決まった曜日に決まった種類のゴミを指定場所に出し、出されたゴミは早朝収集される。このゴミが出されてから収集されるまでの間、ネットは害獣よけとして機能する。

しかしこれは単に害獣よけの機能にとどまらない。人と環境との境界の役割を担っているといえる。言うなればゴミ捨て場の象徴なのだ。これはこの単なるネットをゴミにかけるためのネットであると認知している場合のみにシンボルとして機能する。試しに交換留学生で来日していたイタリア人とドイツ人に何も説明せずにこのネットを見せてみる。すると「漁師さんの使うネット?海沿いに在るの?」という反応であった。いや、これは都内見渡すとどこにでも在るネットで、じつはゴミ捨て場なんだよ、と伝えると驚いた様子だったのである。

確かに彼等の国のゴミ捨て事情を見てみると、おばけサイズのゴミ箱に捨てるのが一般的であると見受けられる。多くの場合はゴミ収集車に取り付けることができ、自動で持ち上げて収集できるようになっている。一方東京都であると、地面においてあるゴミ袋を拾い上げ、車に投げ入れるようなスタイルなので、かなり手間がかかっているのだなとわかる。(腰を痛めそうだ)

一見ゴミ箱によるゴミ収集のシステムは合理的に見える。しかしゴミ捨て場という固定の場所を、ある程度の広さ確保するということは、人口密度の高く細い路地が入り組んだ東京の住宅地ではあまり現実的ではない。すると仮設性があり、必要時のみにゴミ捨て場を作り出せる機能を考える必要が出てくるのだ。しめ縄が縄を張ることで神域を示すように、ゴミネットもまた道路とゴミ捨て場という2つの環境を作り出す結界となるのである。ゴミのための指定された場所を提供することで、一般的な環境からゴミを離別する。ゴミを捨てる場所を明確に示すことで、日常生活と「ケ」を分けるのだ。ゴミネットはゴミ捨て場を象徴するしめ縄なのかもしれない。

「大将、やってる?」といった具合でネットを上げてあげてみれば、私の億劫な燃える日のゴミ出しも、少しは楽しくなるのかもしれない。

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