鳥居
神様に会うための、意識変化の入り口

結界のタイプ
権威や立場を象徴する結界
両端の世界と、結界を形作る行為
日常
頭を下げる
一礼する
中央を避ける
くぐる
神域
神様に会うための、意識変化の入り口
結界の一番代表的な例とも言える鳥居。神社の門として、神域への入り口を示すものである。神社には必ず1基またはそれ以上の鳥居があるといっていい。その起源や語源については,古来さまざまに論じられてきたが、定説はない。古代インドの塔をかこむ垣の門をトラーナと呼ぶので、形や音が似ているところから,それが原型だとの説がある。
日本国内においてはこの構造物が立つ姿は随分と見慣れた光景であるといえる。というのも、ある程度の大きさのある神社から、建物の間に立つような小さなもの、さらにはマンションの屋上や民家の庭にまで、土地の大小問わずありとあらゆる場所に設置されるからである。仏教のお寺と比較すると、宗教的な構造物としての日常への溶け込み方は随一ではないか。お寺を家の庭に持つ人は聞いたことがないが、神社であれば可能である。鳥居を立てれば、そこが神社になる。これは人々に開かれ、浸透してきた文化であり、結果オープンソース的な性格を持つ唯一の宗教なのだといえる。この身近さは、結界が私達の日常にも決して遠い存在ではないことを表している。これほど至る所に鳥居が存在するこの国は、ある意味結界だらけの国といえるのではないか。
神域と現世を区切る一番代表的な仕組みである鳥居は、この2つの異なる空間を区切っていながら両空間を媒介し交流させている結界なのである。扉など物理的な障壁となる仕組みがない中で、空間を区切るには、暗黙の了解が必要である。中央を避けて通り、通る際は一礼を行う。この先に社殿があるということを知らなければ、単に鳥居は木が組み合わさったシンプルな構造物となってしまう。この先は神域なのだという意識があるからこそ、鳥居が空間の境界として機能する所以なのである。
結界を構成する一要素として「くぐる」という動作が見られる。この頭上よりも高い位置にあるものの下を通り抜けるという行為が、意識の切り替えを促し、立ち回りのグラデーション的変化をもたらす。鳥居は神域への入り口でもあり、意識変化の入り口でもあるのだ。