蹲居
手を洗う儀式で、意識を切り替える

結界のタイプ
手間をかけることで生まれる結界
両端の世界と、結界を形作る行為
日常
一礼する
片方ずつ手を洗う
口をすすぐ
手を揉む
神域
非日常
手を洗う儀式で、意識を切り替える
手水舎とは、神社の敷地内にある施設のひとつ。拝殿へ参拝に行く前に身の穢れを清めるため、手水と呼ばれる洗い水が用意されている小さな施設である。簡単な禊場のこと。通常、参道の途中で脇に配置されている。ここでは手水が滝からちょろちょろと流れ出ていているので、備え付けの柄杓ですくって手や口をすすぐのが作法。
清め方には順序があり、まず手水舎に着いたら心を落ち着け、軽く礼をする。柄杓を右手で持って水を満杯に汲み、左手に流しかけて清めたら、左手に持ち替えて右手に水を流しかける。さらに右手に柄杓を持ち替えて水をすくい、左手に受けた水で口をすすぐ。次に柄杓を立てて柄に水を伝わらせて清め、もとの場所に戻す。最後に軽く礼をしてから立ち去る。
蹲踞もまた同じように手と口を清めるためにある設備で、低く据えられた手水鉢とその周りの役石によって構成されている。つくばいは鉢が低いため、手と口を清める際には前かがみになる。それがるように見えたことから「うずくまる」と同じ意味の「つくばう」からその名前で呼ばれるようになったんだとか。
単純な手を洗うという行為でも、その作法が決まっている。言うなれば手間で時間のかかる行為である。朝の茶湯では手に油がついていないから、手水はかならずしもする必要がないといわれていることでもわかるように、心のけじめをつける為の作法であるといえる。儀式的にこの行為を行うことで徐々に非日常(茶室の中や神社の神域)への心構えができてくるのである。役を整えること、それがこれら手を洗う結界の作用なのだ。
ちなみに手水がない場合は、昔の人々は「揉み手」をしたそうだ。昔の農民や商人たちは揉み手を行うことで身を清め、その後にお参りをしたのである。