人の想いを支える

結界のタイプ

自然崇拝から生まれる結界

両端の世界と、結界を形作る行為

頭を下げる

見立てる

富貴豊穣を願う

敬う

自然観

人生観

人の想いを支える

中国では古くから、柱は丸柱にしなければならないという掟があった。これは「天円地方」という思想からきている。大地に接する基礎石は方形として地を表し、天に向かって立つ柱は天の象徴である円で表現しようとした。「円柱方礎」と呼ばれる手法がその流れである。寺の柱がまるまるとして立派な所以はここにあるといえるだろう。

日本では神様を数えるとき、古来から「柱」を用いてきた。「一柱(ひとはしら)」「二柱(ふたはしら)」「三柱(みはしら)」と言った具合に、「柱」を助数詞としてつかって数えてきた。ネコを1匹2匹と数えるようなものである。古くから文化的影響を受けてきた大陸中国でさえ、神様は柱とは数えない。神様を数えるということ自体、八百万の神をもつ神道の特徴と言えるのだが、なぜ柱なのだろうか。

「柱」という漢字は「木」の「主」と書く。「主」は「そこにじっと立っている、支える」という意。『古事記』や『万葉集』の時代から日本では樹木に神様が宿るとされてきた。さらに、人間は土の中から植物のように生まれ育ったと考えられていて、「人間一人」の別称に「ひとつぎ木」という表現を用いて歌を詠んだりしていたのである。

また『日本書紀』推古28年(620)10月条に、推古天皇の父欽明天皇と母堅塩媛を埋葬した古墳を修復し、その後で氏族ごとに柱を建てさせた、とある。ここから、「神道」というものが成立する以前の古墳時代、亡き天皇の霊を前に各氏族が柱を建ててそれぞれの神を降ろす儀礼があったと想定されるのである。その時、柱の数を数えて、その場に降臨した神様の数を確認していたのが由来なのではないかと考えられている。

日本でも古くから柱を神聖視し、平和と安泰と富貴の象徴を伝統としてきた。「大黒柱」は、一般に大国主の尊の大黒さまを信仰することから、この名前が付けられたと言われる。もともと住居の原形である田字形住居は中央に配置された大黒柱を中心として床の間や土間など各部屋が配置される間取りのことであり、日本の住宅の原点ともいわれる間取りである。家、間取りの肝となる柱に大黒さまを刻み込み、一家の富貴豊穣と安泰を願ったのが「大黒柱」の命名のいわれとされているのだ。

柱を神聖視する考えは、伊勢神宮の「心御柱」から始まっているいえる。心御柱とは伊勢神宮の正殿床下にある柱であり、古くから崇拝の対象とされてきた。日本の神は、木や柱を依り代とするため、神が依り憑く神籬としたのである。

この心御柱からはじまり、そこから書院造りの床柱に至るまで柱信仰は受け継がれていった。わびさびを貴重とする茶室や数寄屋の自然感は、床柱の神聖を自然崇拝と結びつけた。自然木の床柱を大切にする思想もこのあたりの理由が第一であるが、時代とともに丸みを帯びた柱が角柱になっていったこともあり、その反動と自然樹木に対する恋しさが、床柱が自然木に近い形になった所以であるともいわれる。

柱は建物の構造を単純に支えるだけではなく、人々の思いをも支える役目を負っていた。構造の真柱から大黒柱へ、そして神樹から床柱へ、人々の生活の多様さと変化とともに柱は、それに向き合う人と人生観、人と自然観を結びつけてきたのである。

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